日航機墜落、「陰謀論」の起源は/「男性の性被害」をどう取材したのか【SlowNews Letter】
8月12日の『SlowNewsLetter』をお送りします。
『SlowNewsLetter』では、スローニュースが配信する独自「スクープ」に加え、タイムラインにあふれるニュースやコンテンツの中から良質な調査報道などを週1回紹介します。ゆっくり思考を深めるヒントがほしい方に向けて、瀬尾傑と熊田安伸がおすすめしています。
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2026.08.12
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【日航123便墜落・第4章「陰謀論編」】
「自衛隊のミサイルで撃墜された」陰謀論の起源は【日航機墜落 自衛隊は何を隠蔽したのか・第4章①】
真夏の日差し。血と泥。鼻を突く航空燃料の臭いと死臭。1985年夏、群馬県上野村の御巣鷹の尾根。520人が亡くなった墜落現場の一つ「スゲノ沢」で、陸上自衛隊第12偵察隊の小林幹夫1曹ら隊員は4人の生存者を救出した。
だが、その後は遺体の収容作業という辛い任務が続いた。機体は斜面に叩きつけられ、乗客の遺体が無数に横たわっている。木々に引っかかった遺体や残骸の下敷きになった遺体を一つひとつ探し出し、隊員たちは急斜面を手送りで搬送した。
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- 陰謀論を生んだ「相模湾の空白」【日航機墜落 自衛隊は何を隠蔽したのか・第4章②】
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